大判例

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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)411号 判決

原告 御酒本ゆきへ

被告 山上喜一 外一名

一、主  文

被告等は原告に対し東京都新宿区戸塚町四丁目七八七所在木造瓦葺二階建住宅一棟建坪三十二坪八合八勺外二階七坪五合と畳建具造作附のまま明渡すべし。

訴訟費用は被告等の負担とす。

二、事  実

原告は主文同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、請求の原因として、主文第一項記載の家屋は原告の所有であるが、原告は昭和十二年六月六日之を被告山上喜一に賃料月額金六十円毎月二十八日払(後増額改訂)とし期間を定めず賃貸した。而して当時原告は相当不動産を所有し、夫れより生ずる収益に依り生活を営み来つたが、戦時中罹災し、夫及び娘を失つて以来、御酒本芳男所有に係る現住家屋に、原告の子一家三人、娘一家五人と共に窮屈な生活を続けて居る。しかも不動産に関する租税は累み、之に反し不動産より生ずる収益は統制を受け僅少に過ぎぬ為、現に僅に保有する四戸の貸家の賃借人より収取する賃料のみに依つては、其の家屋の為修理費用を支弁するは愚、自己の生計を樹てることすら困難な状況に陥るに至つた。さりとて原告は既に高齢の為、他に収入を挙げる途を知らず、之を放置すれば、家屋は朽廃し全財産を失うに至る虞があるに依り、寧所有家屋を売却し金銭に換え、財産整理をするのでなければ租税を完納し将来の生活を維持することは出来ぬ有様である。そこで原告は所有不動産の売却を決意したものの、当今の社会状勢の下に於ては賃借人居住のままでは到底買受人を求めることは殆んど不可能に近い為、終戦直後以来被告山上喜一其の他の借家人に対し明渡を求めたところ、被告山上喜一は昭和二十二年頃より実兄に当る山上角に転貸し、其の一家三人を同居せしめて賃借家屋を共同して使用収益せしめて居り、しかも被告山上喜一は俸給生活者で、被告山上角は定職はないにせよ、両被告の子女等は何れも夫々勤務先を有し相当富裕な生活を営んで居り移転も容易と信ぜられるに拘らず之に応じない。然しながら原告は今にして財産整理をするか、家屋に付き大修繕を施さねば、原告の財産は壊滅に帰し生活は危殆に頻することとなるに依り、昭和二十四年六月十七日之を理由として被告山上喜一に対し賃貸借契約の解約を申入れ、其の申入は其の翌十八日同被告に到達した。而して原告は法定期間の経過を待たず、同年七月九日被告等を相手取り弁護士横地秋二を代理人として新宿簡易裁判所に家屋明渡調停を申立て、長期に亘り調停を試みられたが、被告等は其の期日に出欠常なく、其の態度不誠実を極めたので、遂に昭和二十六年六月二十七日調停は不調に終らしめるの外なきに至つた。斯くの如く家屋所有者である原告に於て生存する為には家屋処分をも余儀なくせられる様な場合、仮令賃借人被告山上喜一に於て直に明渡義務ある筋合でなかつたにしても、誠意を以て之に応対すべき義務はあるであろうし、賃貸人賃借人相互の譲歩に依り円満妥当な解決に達し、共存共栄の実を挙げることこそ、借家法の意図する精神と民法の基調とする信義の原則とを貫く所以であるに拘らず、被告等に於て原告の困窮状態に対し一顧をも与えず、其の希望実現に全然協力せず、不信の態度を持するに至つては、賃貸人原告は賃貸借契約を解約するに付き正当の事由を存するものと云はねばならぬ。猶其の間原告は代理人横地秋二を介し調停期日に出頭した被告山上喜一に対し、被告山上角をして賃借物件の使用収益を為さしめたことを理由として賃貸借契約を解除する旨通告したので、仮に原告の曩に為した解約申入にして其の効なしとするも、賃貸借契約は之に依り終了したことになる。依つて原告は之をも併せ主張し、本訴に於て被告山上喜一から賃貸借終了を原因として賃貸家屋の明渡を、又被告山上角からは原告の所有権に基き其の家屋より退去明渡を求めると陳述し、被告等の主張に対し、原告が被告山上喜一より昭和二十六年十一月迄賃料相当額の金員を受領したことは認めるが、之は賃料ではなく、之に相当する損害金に過ぎず、従つて此の受領に依り原告が被告山上角の同居を黙認したり、解約申入を撤回したことにはならぬ。又被告等の主張する他の貸家関係は次の通りである。即ち(い)伊藤某は原告と円満裡に談合し契約を合意上解除して退去したので原告は之を三輪忠平に売却したものである。(ろ)石井恒雄に売却した家屋は居住者佐久間某に買取らしめようとして交渉したが、同人に其の資力なき為、同人の義兄に当る石井恒雄に於て買受けた上、依然佐久間を居住せしめて置く関係である。(は)伊藤某、槇尾某居住の家屋は原告の承諾を得ずして多くの家族入込み、其の世帯六にも及び、家屋を荒廃せしめること甚だしいので、原告より調停を申立てた結果、明渡調停成立するに至り其の後の約定期限を更に六ケ月に亘り猶予し、昭和二十六年七月中明渡を受けたが、巨費を投じ修理を施さねば居住不能の状態に在る。(に)大熊丑之助及び田中某に対しては現に原告より明渡を求めて居るが、其れ等の者は故意に家屋を破損荒廃せしめ、或は無断転貸をして居るからで、此れ等家屋も大修理を必要とする状況に在るものであると述べた。<立証省略>

被告等は原告の請求を棄却すとの判決を求め、答弁として、被告山上喜一が原告より其の所有にして其の主張に係る家屋を其の主張の如き約旨を以て賃借し、実兄に当る被告山上角一家を同居せしめ、共同して賃借家屋に居住中のこと、被告山上喜一が原告より為した昭和二十四年六月十七日附解約申入を其の翌十八日受領したこと、同年七月九日原告より被告等に対し新宿簡易裁判所に調停申立があり、調停の試みられたことは認めるが、其の余は之を争う。被告山上喜一は被告山上角に対し賃借中の家屋を転貸したことはない。被告山上角は元新宿区戸塚町四丁目五七五に居住して居たが、昭和二十年五月二十四日罹災し、弟である被告山上喜一方に余儀なく同居するに至つたもので、当時の社会状態に於ては誠に止むなき次第で、之を以て賃借人が第三者に転貸し、之をして賃借物を使用収益せしめたことには当らない。仮に之を以て転貸に該当するにしても、原告は之を知りつつ、統制額以上の賃料を被告山上喜一より受領し、被告山上角の使用収益を黙認して居た関係に在る。又原告は解約申入を発した後である昭和二十六年十二月二十九日同年十一月分迄の賃料を受領した故、解約申入を撤回したものと解せられる。しかも原告より被告山上喜一に対する明渡請求の事由は正当性を具備しない。即ち次の通り原告は同被告以外の賃借人に対しても明渡を受け或は明渡請求をして居るが、何れも空家として高価に売却しようとして居るものに外ならぬ。(い)原告は賃借人伊藤某を新宿区戸塚町四丁目七九三所在居宅建坪三十坪六合六勺より退去せしめた上、昭和二十六年六月十二日之を三輪忠平に代金四十五万円を以て売却し、(ろ)賃借人某を同所七九四所在居宅建坪十七坪一合二勺より退去せしめた上、昭和二十五年末之を石井恒雄に代金二十四万円を以て売却し、(は)昭和二十六年七月頃賃借人及び同居人伊藤、槇尾、藤田、島崎、小沢、小島の六世帯を同所七八七所在居宅建坪十九坪六合六勺外二階十三坪五合より退去せしめた上、代金七十万円を以て他に売却を計画し、(に)賃借人大熊丑之助に対し昭和二十六年十二月二十五日附内容証明郵便に依り同所七八七所在居宅建坪十五坪二合五勺外二階十坪の明渡を請求し、他に売却を計画し、(ほ)賃借人田中某に対し昭和二十六年末同所七九四所在居宅建坪二十七坪七合五勺の明渡を請求し、他に売却を計画した。而して原告は建坪七十八坪一合二勺の宏大な邸宅に息子夫妻等と共に生活し、何等生活に不自由なく、被告等居住家屋を必要とする情況にはない。之に反し被告山上喜一一家は五人、被告山上角一家は三人、都合八人で、被告山上喜一は、勤労者であるが、被告山上角は定職なく共に辛うじて生活して居る有様で余力を有せず、住居の移転は経済上不可能に近い関係に在る。従つて被告等は原告の本訴明渡請求には応じ難いと陳述した。<立証省略>

三、理  由

原告主張の事実中、被告山上喜一が原告より其の所有にして其の主張に係る家屋を其の主張の如き約旨を以て賃借し、実兄に当る被告山上角一家を同居せしめ、共同して賃借家屋に居住中のこと、被告山上喜一が原告より為した昭和二十四年六月十七日附解約申入を其の翌十八日受領したこと、同年七月九日原告より被告等に対し新宿簡易裁判所に調停申立があり、調停の試みられたことは当事者間に争がない。而して見れば其の解約申入にして正当の事由の存する限りは、其の到達後六ケ月の法定期間の経過に依り賃貸借契約は終了し、被告山上喜一は原告に対し賃借家屋の明渡を為さねばならぬ筋合故、先ず原告の為した解約申入には正当性を存するや否や検討せねばならぬ。依つて証人上野松子、横地秋二、森松之助の各供述、原告本人及び被告本人山上喜一の各訊問の結果を綜合すれば、原告は元外国生活をした様な関係もあつてか、養子其の他の子女あるに拘らず、其の扶養を受けることを欲せず、其の所有に係る不動産より生ずる収益に依り独生計を樹て来つたが、戦時中より戦後を通じ不動産収益は地代家賃統制令施行の結果著るしく制限を受け、之のみに頼り生活することは殆んど不可能となる一方、不動産所有者に対する課税は漸次強化せられた為、原告の如く不動産収益に依存し来つたものは、生活の途を失うに至り、殊に原告の如く齢七十に近き者に取つては他に収入の途を講ずるに方法なく、所有不動産を売却し、其の売得金を以て衣食の料に充てるより外なき状態に陥つたことを窺うに十分である。而して其の売却に際しては、賃貸借契約の存続するまゝの形では殆んど困難、否寧不可能に近いことは当裁判所にも顕著であるから、原告一身の側より見れば被告山上喜一との賃貸借契約を解消し、同被告等をして退去せしめる必要のあること疑を容れぬ。前顕証拠に依つても原告には養子其の他の子女があり、其の扶養を受けることも必ずしも困難ではないかの如く思はれはするけれども、第三者より其の所有財産を不利な状態に差措き乍ら、近親者の扶養に縋れと勧告すべき根拠はない故、原告の意思に依り其の所有財産を処分しようとするのを妨ぐることは出来ぬ。然し乍ら其の家屋には賃借人被告山上喜一等の居住する以上、其の利害を無視出来ぬこと勿論である。而して被告本人山上喜一及び山上角の各訊問の結果に依れば被告山上喜一一家は五人、喜一本人は定職なく僅に友人知己の手伝を為し月収数千円を挙げて居る程度で、外に長男及び三女の勤務先より受ける月金一万八千円を以て生活を維持して居る有様で、経済上特に余力ありとも思はれず、原告とは自ら生活環境様式を異にするので何れを以て優、何れを以て劣とも定め難い状態に在ることを窺うに足りる。被告山上角一家は前叙当事者間に争のない通り親族関係を縁として賃借人被告山上喜一一家に寄寓して居る関係に過ぎず、よし其の同居が不法でないにせよ、其の事情を以て原告に対抗し得べき筋合はないと認められるに依り、其の点に関しては深く言及しない。而して見れば被告山上喜一に取つては本家屋より退去して他に移転することは必ずしも容易でなく早急に原告の明渡要求に応じられなかつたことも一概に無理とは云へず、原告側に存する明渡請求に関する正当性は、茲に重大な制約を受けねばならぬ。然しながら原告が賃貸中の家屋迄も之を空家とした上売却せねばならぬ状況に陥つたのは畢竟過般の大戦の結果に基く社会事情の急激な変遷の為で、原告一個の責任ではなく、又固より被告山上喜一のみの責任でもなく恐らくは国民全体、社会全体が其の責を負わねばならぬものと考えられるが、扨て其の善後措置に付いては、原告自ら及び之に縁故を有する人々に於て、当るより外事実として方策はない。ところで問題は家屋に関する処置であるから、其の家屋に居住する被告等に於ても、原告の執ろうとする措置必ずしも買収とか、明渡とか云うことに限らず、何等かの形で之に協力する社会上の義務がある。然るに被告等は借家権のみを主張し、此の義務を忘れ、原告より申立てた調停に際しても二年の長きに亘る間被告山上喜一は僅に五回裁判所に出頭したばかりで、被告山上角に至つては全然出頭せず、原告の要求の当否は別として其の立場を理解し、最善の方法は考えられぬ迄も次善三善の策を樹て、原告をして戦争の結果陥つた窮地より脱出出来るよう協力せねばならぬにも拘らず、敢て之を為さず、其の間移転先を探索するでもなく、家屋買取等に付ても毫も考慮を払つた風のないことは、証人横地秋二の供述、被告本人山上喜一の訊問の結果に徴し誠に明白で、結局被告等の態度は不誠実であつたと断ずる外はない。抑々賃貸借契約は賃貸人及び賃借人間に於ける個人的信頼関係を基調として成立し、存続せしむべき法律関係故、一方が他の立場を理解せず、社会上の義務に反し誠実に欠けるところのある以上は、他方は契約の存続を欲しなくなるのは寧当然で、茲に解約に関する正当性も自ら発生するに至るとさえ考えられる。即ち原告の為した解約申入はその当初に於ては兎に角、調停進行中正当性を招来し、遅くとも本訴状副本が被告山上喜一に到達したこと顕著な昭和二十七年一月三十一日より法定の六ケ月の期間を経過した当時に於ては、其の効を発生したものと解するのを妥当としよう。而して見れば原告対被告山上喜一間に於ける賃貸借契約は昭和二十七年七月三十一日限り消滅に帰し、同被告は原告に対し賃借中の家屋を明渡すべき義務があり、従つて単に被告山上喜一の実兄たるの故を以て其の家屋に同居するに過ぎない被告山上角も亦之より退去して家屋を原告に明渡すべき義務あること言を待たぬ。依つて原告の本訴請求は其の余の争点に関する判断を待つ迄もなく之を正当として認容し、訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用し、仮執行の宣言に付いては事案の性質に鑑み之を付さぬのを相当と認めて之を却下し、主文の通り判決することにした。

(裁判官 藤井経雄)

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